dreamfact0ryのブログ

映画を勉強中。物置として使う。由来はプリンスの没アルバムから。

小説 『膨れた夢』

 まえがき

 以前、公開したものをある程度校正したもの。

 私も友人も駄作だと考えているが、思い入れがあるから埋葬しておく。

 

 

 これを書いているとき、夢のなかだった 変なところへ行っても許してほしい プリンス

 狂っちゃおうよ! プリンス

 ママ、いま人を殺したよ クイーン

 「いままで誰にも注目されなかった僕が、リンカーンを撃ったジョン・ブースやケネディを撃ったオズワルドのように注目されるのだ」 アーサー・ブレマー

 

1階の3-Cの教室では滑舌の悪い教師が、魯迅の故郷を教えていた。黒板に書かれた文字は、陰毛がごとく細く波打っている。
生徒のほとんどが寝て、一部がノートを書きとるというありふれた授業であった。進路が決まっても受ける価値なしの授業を受けなければならないのが学生の辛さだ。
が、斎藤は違った。眼は興奮してかゆかったし、手は握っている小さい拳銃でむれて汗まみれになっていた。そして、いつ無駄話を終えて黒板に向かうのだろうかと考えていた。
「よし、これまでで質問ないか? じゃあ書くぞ」
斎藤は立ち上がって、銃口を向けた。周囲が注目するようにちょっともったいつけてから引き金を引いた。
授業を終らせたのはチャイムでもベルでもなく銃声であった。教師の脳天に穴があいて血と脳みそが、黒板に天井に生徒にかかる。大抵はちょっと驚いてから血を拭っていたが、あくびをかいてた室伏は死ぬまでこの味を忘れられなくて鮪を食えなくなった。
そして教師は黒板に強く倒れてもたれかかり、わけのわからないことを呟いてから死んだ。独り身ではなかったから誰も悲しまないということはないだろう。
斎藤はしたり顔で教卓に向かって歩いた。好奇の目を観客は向けていた。
斎藤は教室を見渡した。周りが彼をみている。これがどれだけ貴重な瞬間か。彼には、彼だけには理解できた。
前に立って演説をした。内容は彼の頭で把握しているこの世の不条理と矛盾についてで、大体がネットの書きたれで読んだことのつぎはぎであった。いま横で死んでいる人と変わらないぐらい滑舌も酷かった。彼にとってはヒトラーであるとか、ブッダジョン・レノンが如きカリスマ性を持った言説であると酔っていたが、現実には内容はドナルド・トランプ、声量や滑舌は三島由紀夫というまさしく狂言(プロレス)であった。周囲はこいつやらかしたなぐらいには聞いていたが、当人は満足げに話しを終えた。6分ぐらい続いたのだろうか。
「俺はこれから、さらなる悪を撃ち滅ぼしに行ってやる! さらばだ、諸君」
彼が教室から出ると、みんな帰り支度を始めた。誰も彼を気にかけることはなかったのだ。
「僕の愛が世界史を変える」 ジョン・ヒンクリ―


斎藤の家から発見されたノートより 抜粋
この世はくだらない。安い物を買えば買うほど金持ちが笑い、極刑を下すべき者が初犯だからと軽い刑に処される。人を、いや罪人を処分するには一億円も浪費されるそうだ。その上、執行する者は人間だ。彼らも傷つき被害者は増える。いったいいつになったらヒーローが現れ、はびこる不徳を打ち消すのか。子供のころはそればかりを考えていた。
たいていの人間はこの不条理に目を背けて女や酒、ドラッグに手をだして時間と金を浪費する。俺はそんなことは決してしない。社会や世界に立ち向かうのだ。俺は世界を治したい。
それには救世主が必要だ。人々が正義に、愛に目覚めるために導いてくれる救世主が必要なのだ。だが、俺にそんな器はないことはよくわかっている。
俺は悪になることを考えた。それは救世主よりももっと楽な道だから。サタンはキリストを救世主にするために彼を誘惑したが、俺はスーパーヴィランになるのだ。
大溝中学校はすまし顔を続けていた。先ほどの銃声を聞いた者は内外問わず大勢いたが、誰も気に掛けなかった。
ここでは牛乳パックを周囲の家に投下したり、ゾウさん公園で果たし合いをしたりするような非行やコンドームが打ち捨てられていることが頻繁にあるような学校であったから。生徒が先か、教師が先かはわからないがそういったところだった。この学校で一番有名な出来事は後にも先にも今日一日かぎりであろう。
斎藤は隣りの隣りの教室のドアに忍び寄った。数学の三谷が授業をしている。彼は一応推定無罪だ(生徒と一緒に日帰り温泉旅行に行ったことがある)。
次の標的は学級委員の工藤であった。彼女の席は都合のいいことに扉のすぐ近くにある。再び拳銃を握り締めた右手は先ほどの反動で痺れていた。さっき国語の広瀬の心臓に狙いをつけたつもりだったのに外したことを悔やんでいた。弾の数は限られている。
「次の弾はしっかり当ててやる」
またもや銃声が響いた。被害者は杖で首をひっぱられたかのように倒れた。今度は流石に悲鳴が聞こえた。
後ろで三谷と生徒たちが逃げているなか、斎藤はシャツにたっぷりの血を滲ませた、スプレーをかけられたゴキブリのように死んでいく女を眺めていた。弾は肩を貫いていたのだ。
「俺よりも上手く生きやがって」
実際のところは彼の過ごした家庭のほうが裕福で、育ちもいいのだが斎藤にはこの女が憎くてしょうがなかった。彼よりも悪どい奴なのに、話し相手が大勢いるし、青木ともよく話すと聞いていた(青木がこれ以上汚れるのは許されない)。
むろん彼にだって人と話して仲良くする権利はある。男女雇用機会均等法ではないが、男女会話機会均等法はこの世に存在する。身だしなみを整えるとか、もっと明るい趣味を見つけるとか。世界は閉ざされてはいない、むしろ開け放されている。社会が変わることを望むのではなく、自分が変わることが必要なのだ。残念ながらこれを世のなかの不条理とは言えない。とは言えない。
「痛い、痛い」
「うるせぇ。こういう時だけ痛い、痛いっていいやがって!」
彼の嫉妬はたとえ電子の海のみの交友関係を多く持つ者が今わの際を迎えていようが容赦はない。
工藤はあと20分ぐらいしたら失血で死に至る。父親に酒瓶で殴られたときの数倍は痛みを感じていた。彼女にとっての不条理で憎むべきものとは父親の存在であったのだが、今ではこの目の前にいる男がそこにとって変わった。女は父親に似た男が好きになるなんてことを言うが、彼女にはそれを死んでも理解できることはないだろう。
「なあ、お前まえから死にたい、死にたいって言ってただろ! いまがお前が死ぬときだ!」
今度はしっかり眉間を、殆ど動かない相手の眉間に銃口をくっつけて撃った。その生命活動を終えた面は寝ぼけている感じがした。
人間死んだらこんな顔になるのだろうか? 斎藤は思考を巡らせる。過去、現在、未来。青木のこと。広瀬はどんな死に顔だったけ。俺と青木が死んだらこんな面で死んでしまうのか。
死は、というより痛みは、一律に人の顔を近親相姦の続いた王室貴族のように間の抜けた顔にしてしまうのか。俺もこの女と同じところにいくのだろうか、いくわけがない! ただ死に顔が似ないようにしっかりと目を見開いて死のう。腹切りをする武士のように。青木にもちゃんと教えておかないと。あと弾丸は4発ある。彼女の分と俺の分、足りるだろうか? もし青木が抵抗したら、警察が予想よりも早くここに来たら。焦るな、俺は完璧に死んでやる。
彼は教室をあとにした。青木を迎えに行くために。
青木は保健準備室で鈍い金色に染めた髪をとかしていた。後ろで彼氏の筒井がズボンをゆるめに履きなおしている。
彼女たちは不良的不登校児でだいたいこの部屋にいて、彼氏の筒井とだべったり隙あればセックスしていた。大溝中学の保険室準備室は開校四十三年以来伝統の子作り部屋である。青木と筒井は自分たちが産まれたきっかけの場所で楽しんでいたなんてことは夢にも思わなかった。しかし、馬鹿にしてはいけない。馬小屋で産まれて聖人になった者だっているのだ。だが、いまのところ4人ぐらいしかここから人間は排出されていない。
青木は言った「ねえ、聞いた。さっきからガンガンいってんの」
筒井は煙草によって少し刻まれたしわをもよせつけねい純粋無垢な顔を向けて、いや?と言った。
「そ」
青木はシャワーを浴びたかった。彼女は事後になるとちょっとというか、大分冷めてしまう。精子の一匹がゴムをすり抜けたりなんかしたりして自分のなかに入り込んでいってしまわないかどうかとか、うぶな頃は信じていた愛だとかなんだとかいうテレビや映画に造られたまがい物の感情が私たちカップルにはあるのだろうかと考えるのだ。ミッション・スクールに通っていた影響でこんなことを考えてしまうのかもしれない。方舟、十戒、讃美歌。キリストの像や十字架には目があって、逐一罪を数えていると信じていた。罪を重ねると地獄へ行く。
それについてより想像するようになったのはヤン・ファン・エイクの『キリスト磔刑最後の審判』のせいであった(ボッシュは異端過ぎたので紹介されることはなかった)。学校にあった分厚い本に載っていたその絵は8歳の彼女にはそら恐ろしかった。キリストの贖罪の死を描いた一枚と、キリストの再臨の日の二連板。後者に描かれた地獄はどんなものよりも強烈だった。画面上方にはキリストを天使や聖人たちが称えあい、下には審判を下す天使が羽の生えた骸骨によって支えられた死の海と燃え盛る荒野に、背中の剣を抜いて降りている。荒野と海は人を地獄にひきずりこむ。堕ちた者は坊主や妊婦、王族だろうが等しく真っ裸で、豹や蛇や蝙蝠を合わせたような見た目の竜に肉をえぐり食われて苦悶の表情を浮かべている。こんなものを観てまともな感覚で過ごせるのか。そのうえ、母が読んでいた週刊誌を開いてしまいセックスの塊のような見た目をした気持ちの悪いサル顔の男が全裸で載っているのを見てしまってからは罪のカウントがいくつも早まってしまったように感じた。
そうしたことが重なって教会の聖水を飲み浴び、入院して退校になった。「青木さん、あなたは本当に罪深いことをしたんですよ!」あの尼の顔は忘れられない。
友人がいればなにか違ったかもしれない。けれども、彼女の父は教師だったから転校しがちだった。そのうちに人づきあいとか勉強とか、つまりは新しく配布されたワークをやり直すことが面倒くさくなって不登校になった。親とカウンセリングの一環で話すとき、彼女はいつも「どこを間違ったのか」という顔で見られるのが一番嫌いだった。
そうして、近くの老人だらけのゲームセンターで時間を潰しているとき、筒井がいた。彼はメダルを自分より十枚ぐらい多くとるのに慣れていたし、自分と同じ学校だったし、バイクも乗り回すことができたし、喧嘩も斎藤のような根暗な人間と違って4倍は強かった。頭が弱くてセックスと酒とCD屋でやたら推されるバンドの話ぐらいしかできなかったが、それでも彼のことが好きなのは間違いない。
青木の罪についての問いへ(好意的に訳すと)こう答えたからだ。「罪なんてくだらない。地獄なんてない、今が幸せならそれでいいじゃないか」。男はやるときにはなかなか機知に富んだ答えを導きだせる。
扉が開く。この愛の巣に入る者は二人を除いて最近はいないはずだ。そこには斎藤がいた。
青木も筒井も彼が誰かわからなくて、怪訝な顔した。
筒井は罵声をあげる。
すると、斎藤は拳銃を両手で持って必死に筒井に狙いをつけた。
筒井はとっさに彼に飛びかかった。しかし、遅かった。すでに引き金は引かれていたし、動かなければ当たることもない地面にめりこんで跳ねていたであろう、見当違いの流れの外れ弾に筒井は大当たりしてしまったのだ。
三時間目終業のチャイムが鳴った。
<blockquote> 想像してごらん、僕と君がセックスする時 プリンス</blockquote>
斎藤の家から発見されたノートより 抜粋
単車はスタンドに着く前にガス欠してしまった。若者はバイクを降りて、押した。
街に着くころには足が悲鳴をあげていたが、スタンドがないならしょうがない。
湖の多い街に若者がきた。
渇ききった冬の風が吹き、今にも雨雲が落ちてきそうな空がいた。こんな時分には、商売女どころか野良犬も表にでない。
――ただし、彼はいわゆる根なし草だったし、若さゆえに道理を知らない。知っているのは愛車の調子ぐらいのものだったが、いまではそれさえも怪しい。
無人の街で、独り単車を押すのも悪くはないものだ。
若者は心の中で強がる。
「いいチョッパー」
すると、いつのまにか横に女がいた。路地裏に隠れていたのか、マンホールの蓋から出てきたのか。それぐらい気配を感じさせなかった。
「でも、ガス欠はダサいっぺ。スタンドならあそこを曲がったところにあるけど」
「ありがとう――俺、方向音痴だから付いてくれない?」
彼女は口を開け、呆れた顔をした。
「こっち」
若者は女に付いていく――彼女の後ろ姿からも神秘に満ちていた。いったい何者だろうか。ここの土地の人間に違いないが、おなじ人間とは思えない雰囲気を持ちあわせていた。
こういった手合いの女は昔ながらの冒険活劇のようなものだ。神殿の罠を掻い潜り、秘密を解き明かし、蜜なる宝を手にいれる。それが男というものである。
「ねぇ、さっきさ。このバイクのことチョッパーって言ったろ。でもこれホンダのヤツなんだよ」
「改造したんだ」
「そう、どこが良かった?」
「本物より可愛いとこ」
「可愛い?」
「そう、あんたと同じくらい」
「可愛いか……」
可愛い、複雑な気持ちになる言葉だった。
「ちょっと、怒ってる?」
「いや、違うよ。可愛いってずるいなって」
「ずるい?」
「そうそう、あれってなんかあざとい。だってさ、ひらがなで書いても、カタカナで書いても、漢字でも可愛い感じがしない?」
「言われてみれば」
「だろ」
二人はガソリンスタンドについた。そこには人はおらず、まさにセルフ式のスタンドだった。若者が補給し終わると、女はこう言った。
「ねぇ、この近くに湖があるんだけど――いちばん小さくて、いちばん綺麗なところ」
「ホント? 教えてくれよ」
「いいよ、その可愛いのに乗っけてくれたら」
「意外とワイルドだぜ、こうみえても」
「あんたもそうだといいけど」
若者がバイクに跨ると、女は後ろに乗った。
「名前聞いてなかった、なんて名前?」
「ジョンだ」
「よろしくね」
バイクは女の案内で湖を目指した。
人は老いるし、死ぬ。男が鉄なら、女は木だ。鉄は錆びて渋みが出るが、木は朽ちて台無しになる。その癖に威張りやがって。 斎藤のSNSから 抜粋
外では雨が降り始めていた。ここの校庭は水に弱く、人工砂でできていてすぐに軟泥地帯と化す。5代前の校長が安くあげたせいだ。おかげで多くの運動部の生徒は転んだ。斎藤も筒井もそうだし、工藤もすりむいたことがあった。22年前に卒業した青木は体育の時間に右薬指を骨折した。保険準備室のまえの植え込みには猫の死骸が十四も埋まっていたことがあって雑草が生い茂っている。
筒井はうめいた。脊髄を撃たれ神経が切れた時、人はどれだけ自分の体が重いのかわかる。上半身は自由なのに、下のほうはみごと動かない。発砲した当の本人はいままで浮かばなかった罪悪感を、ようやく人を撃った実感がわいて立ちつくしていた。
青木はなにが起こっているのか呑み込めなかったが、とにかくこの世こそが地獄であると理解した。
斎藤が言った。「おい、青木」
青木は声がでなかった。
「来るんだ!」
「わ、わかった」消え入るような声で言った。
斎藤に襟を掴まれつれだされる。青木は苦しんでいる筒井のことが心配だったが、彼女のこれからの運命に比べれば彼は勝ち組だ。
事件の後、筒井は斎藤の遺族から裁判でせこい金をせしめ、以後高卒認定を取得後有名私大を二浪して入学。在学中、事件について幽霊作家に本を書かせて得た印税とタレント業で脚光を集める。そして、三十年後に開発される医療技術によって不随を完治してからは出演が減り、私人となる。子供は隠し子をいれると四人産まれ、二度の離婚を経験した。今日がなければ、彼は神奈川の県警との追走劇を繰り広げて二十歳の若さで死んでいた。
廊下は静かだった。校門で校長と副校長、斎藤の担任山村が警察の到着を待っているのみで、ほかの教員生徒は避難していた。
二人は階段を下駄箱のある玄関の前にある階段をあがって、放送室へ行った。四限目始業のチャイムが鳴るこの部屋、斎藤には嫌な思い出しかなかったが、バレンタインの日に下駄箱に入っていたチョコレートが(間違いで)入っていたことがあってそれだけが唯一の良い思い出であった。
放送室の鍵は開いていた。斎藤はリクエスト曲で、軍歌を流してもらったことがある。中はほこり臭く、あまり長居するのには向いていない場所だった。
「よし、じゃあ椅子に座れ」
青木は応じた。
斎藤は機械をいじり始めて、放送を始めようとした。しかし、何度やってもつかないようで難儀している。
青木は電源を入れ忘れていることに気がついていたが、許可がないのに私語を言えば撃たれてしまうのではないかと思い黙っていた。なにしろ相手はきれた鉄砲を持った餓鬼なのだ。しかし、あまりの様子にみかねておずおずと言った。
「ねえ、電源入ってる?」
斎藤はちらっと視線を彼女に向けてから、不満げに電源をいれた。
「ありがと」殆ど反射的に斎藤は言った。親からきつくしつけられていて、この返事しかできないのだ。彼はポケットからぐしゃぐしゃになった紙を取り出し、出力を最大にして犯行声明を読み上げた。内容は相変わらずであったが、校門にいた教員と青木はしっかりと耳を傾けていた。特に青木はあとで聞いていたかどうか聞かれたときに答えられないと不味いと考えていたから、頑張って聞いていた。期末試験に出ても七割は取れるだろう。
「わかったな! この校舎内に入ったら人質を殺す、いいな!」
斎藤は電源を切ると、拳銃を彼女にむけた。
「聞いてたな。お前は人質だ」
「わかった」
斎藤は言った。「ねえ、どうしてこういうことをするの?」
青木はきょとんとした。
「お前が次に言う言葉だ。ほら言えよ」
「どうしてこういうことをする、の?」
「ねぇが抜けてる! するの? は淀みなく」
青木の眼は震えていた。明(筒井)は大丈夫かな、神様、私が死んでも明だけは生かしておいてください。彼のカウントはまだまだ少ないはずだから。このバビロンの淫売を道連れに、この男が地獄に落ちますように。
「ねぇ、どうしてこんなことをするの?」
斎藤は彼女が恐れをなし、完璧に自分の物になったと思った。ずり落ちた眼鏡の分厚いレンズを通さず、おぼろげにその顔をみる。青木の染めた髪は気に入らなかったが、冷たい薄幸そうな顔が好きだった。斎藤はそれをはっきりと見ることは決してしなかった。もし彼がよくみれば青木には眼が左右非対称の色が強かったし、かみ合わせがよくないから顎が歪んでいるところがわかっただろう。そんな事実を知ったとしても、彼の膨張した狂信が青木を諦めることはないが、決してできなかった。彼にとって焦点のあった世界が現実であり、それは見ても仕方がないところであった。現実に直視すればするほどに、斎藤は矮小な存在であり、青木はただの情緒不安な不良娘で、彼はそれに固執してしまった異常者であるということが強まる。
だが、斎藤は決して現実を見なかった。彼女のことを本当に愛しているならば、粗を探してどうするというのだ。愛しているという事実だけがあればそれでいいじゃないか。彼女はとにかく美しく、賢い。完璧な女だ。それをおれは愛している。そして、現世から救おうとしているのだ。おれの愛が世界を変えるのだ。
「ようし、もうすぐ警察がくる。そんとき、お前は死ぬ、んで俺も後を追う。俺はお前のために死ぬ」
演説で言っていたことと違う。青木は言った。「国のために死ぬんじゃないの?」
「いや、俺はお前を愛している。だから、いままで国語の広瀬も、隣りの工藤を殺してやった。筒井はわからないけど、とどめをさしにいこうか?」
「駄目!」
斎藤は青筋を立てた。「どうして? あいつのどこが良いんだ? ただのチンピラなのに」
「だって……」
彼は地獄なんてないって言ってくれたから。
「あたしを助けてくれたから」
「なにから? 他の男から?」
「神様から」
「神? そんなもんいねぇよ。いるとしたらこのおれだ」
男は本気のようだった。青木はようやく状況を呑み込んだ。こんな馬鹿にみんな殺されたのか。こんなことに巻き込まれて死ぬなんて酷い。気味の悪い屑に殺されたくない! なんとか時間を稼ごう。そうすれば警察が長い銃でこの小男の手か頭を吹っ飛ばして助けてくれるはず。それからは裁判で金が取れるし、頑張って本を書けばその金で明と結婚式ができる。生き残ってみせる。なにせこいつはどうせ、私の虜なのだから。
「本当? じゃああたしを救ってくれるの?」
「そうさ、生から」
「でも生きてればあたしとデートできるよ」
「いや、本心じゃないだろ」
「ううん、違う」
「なにが?」
「これって全部、あたしのためにしてくれたことなんだよね」
「そうだけど」
「そんなことしてくれる人、いままでに誰もいなかった」
警戒を解かない。「だから?」
「本当に愛して、そんなことしてくれる人。どこにもいない。みんな嘘つきばっかり」
「うん、嘘つきだ。でも……」
青木は斎藤の名前が浮かばなかった。「……あなたは違う」
「そうだよ、おれはこの世で――いや少なくとも東京じゃあ一番の正直者だ」
「ねえ、じゃああたしがこれから話すこと――いままで誰にも話したことがない話なんだけど――を聞いて、正直に答えてくれる?」
斎藤は困惑した。「何を?」
青木は例の話をした。これで筒井に話したことがあるので二回目だったから、一回目話したときよりは上手く喋れた。次に話す機会があればシャハラザードも真っ青であったろう。斎藤は眉をひそめてこの話を聞いていたが、次第に目が潤っていた。
「ふーん、おれはざまあみろって思うね」
「本当に?」
「いや、それは、大部分だけで。あとちょっとは悲しくなってきた。おれも親父の持ってる雑誌に裸でアイススケートしてる女がいて、それを見てからは母ちゃんと一緒に寝れなくて」
青木は上手く運びすぎて怪しんだ。確かに斎藤は正直者だ。こんなに動かしやすい人間はいないのではないか。
「ねえ、別に死ななくってもいいからさ。刑務所出てから結婚しよう。それまで、あたし、ちゃんとお金貯めておくから。それにあたし刑務所通うよ。で、面会のあの窓越しでキスするの」
「よくあるやつ」
「そう、でもこれはドラマでも映画でもない。本当の本物の現実のやつだよ」
「一生でれないかもしれない」
「そしたら、いまここでやろう。子供をいまのうちにつくれば夫婦になれるよ」
斎藤はどもった。「でも」
「いいよ、警察がこないうちに早くしよ――レイプされたなんて言わないから」
「でも……」
外から拡声器の割れた声が聞こえる。「斎藤 明くん、落ち着いてくれ。私は校長の大場だ。君を助けてやりたい」
<blockquote> 君のために死ぬつもりだ プリンス</blockquote>
斎藤はカーテンをちらりと開けて様子をうかがった。外には担任や校長、私服の刑事らしい男数人がいるのみであった。思ったよりは警官の姿が見えない――本当は色々なところに警官は隠れていて、様子をうかがわれているのは自分のほうだと気付く余地は彼にはなかった。
斎藤はスイッチを入れた。「うるさいぞ! 要求通りにしろ、学校に入るな!」
「いや、私たちは校門で話しているんだ」
「馬鹿にしてんのか!?人質を殺すぞ!」
青木はこの小男をすっかり哀れに思った。
「すまない、校長先生のことは許してくれ。わたしは警察の倉本だ、いま変わった」
「身分は?」
「警視だ」
もちろん、嘘だった。倉本は少年課の腕利き刑事ではあったが素行不良のために出世から見はなされたダーティーハリーであった。顔はイーストウッドというよりは、その相棒であったが。
「なんの用だ?」
「わたしは君のいうことを正しいと思う」
「嘘つきめ!」
「嘘なもんか、君が言っている死刑についてだ。わたしは警官だからわかる。だから犯人をこっそり殺したこともある」
倉本の部下はまさかという顔をしたが、倉本はひとさし指を口にたてた。
「いいかね、君の行動は強硬すぎる。いまの世界には受け入れられないんだよ。でも、いいかいこれ以上人を殺す必要はないし、ましてや君が死ぬ必要なんてないんだ。もう充分、世間はわかった。君のおかげで、法律も変わるだろう」
沈黙。斎藤は一旦、電源を切った。確かにいまここでことを終えてしまっても世間はおれを立派な政治犯であると認めてくれるはずだ。それで刑務所から出たら、青木との結婚生活。おれは彼女の金と刑務所で書いた本の売り上げで楽に生活できる。なんて美味しい話だ。
「いや、騙されてはいけないぞ」斎藤の左手はマペットのように開いたり、閉じたりをさせて喋らせた。彼は悩むといつもこうする。彼には悩みを相談できるような友人は一人もいなかった。それがミスター・ハンドくんをつくりあげたのだ。信用できるのは自分の一部だけだった。「お前はいま感傷的になっているだけだ。ポリ公も青木はおまえのことを騙そうとしているんだ」
青木は困惑した顔を、なにが起こっているかさっぱりわからないという顔をした。でも、いまのうちににげだせるかもしれない。好機を待った。
「だいたいおまえが政治犯だなんて誰が思ってる? そんなこと教室の誰も思っていなかったぞ」
「そんな」
「そうだ、みんな呆れた顔をしてたよ。さあ、早いところ終らしちまおうぜ。弾はきっかり二発しかないんだからな」
「で、でも最後に彼女を、真子を信じるのも」
左手は頷くように動いた。「反対だが、そうしてもいいんじゃないか」
斎藤は青木を見た。「ねえ、君も本当はぼくを騙そうとしているんじゃないの?」
「ううん。でも、騙そうとしててもこういうんじゃないの?」
「確かに」
「嘘つきばっかりなんでしょ。じゃあ、撃てば?」
「撃つ?」
「その鉄砲で、そこらを」
「そこら?」
政治犯なんでしょ、なら外にいる倉本だか、校長を撃てばいいじゃん」
斎藤はそれも良いかもしれないと考えたが、この距離なら絶対に外すという確信があった。最期ぐらいカッコよく死にたい。
「いや、辞めておく」
青木は呆れて言った。「じゃあ、早くあたしを撃てば? それで自分を撃てば?」
斎藤は怒って、久方ぶりに持っていた拳銃を構えた。
「じゃあ、そうさして貰うよ」
青木は青ざめた「待って、ごめん、ごめんなさい。いまのはその。ごめんなさい」
「やっぱりお前も嘘つきだったんだな!」
彼女が謝れば謝るほど、それは嘘にしか聞こえなかったし斎藤には屈辱であった。五歳児の子供が最も嫌うことは、乳母車を好き勝手動かせないことだ。
次にどういえばいいか青木は話せなかった。小学生のころの学芸会のときにも台詞が浮かばず、真っ白になったことがあったがそれに似ていた。「ねえ、あ、あたし」
「いいんだ」
斎藤は銃を置いた。青木はほっとしたが、それは持ち替えただけだった。
彼は銃の尻で兜を割るかのように何回も殴った。青木は最初のうちは響く痛みを感じたが、意識は次第に揺らいで消えていき、青木はうなだれて椅子から落ちた。
そのあとも斎藤は何度も何度も何度も殴った。彼女が確実に死ぬように。工藤や筒井のように死にぞこないにならないように。そういえば恰好よく死ぬ方法を教え忘れていたがまあいい。自分が実践できれば。
倒れた青木の血でべとべとになった後頭部に引き金を引いた。簡単だった、そしていままでで一番満足のいく射撃であった。けれども、それには少し後悔があった。あれだけ色々やってきたのにこうも簡単に終らしてしまうなんて。斎藤は彼女がセックスを持ちかけてきたときから、もう青木のことを美しく感じなくなってしまっていたのだ。昔から、手にした玩具は公園でわざと失くしたふりをするような子供だった。
警察はすぐに動きだした。
<blockquote> 世界を変貌させるのは行為なんだ。それだけしかない。 三島由紀夫</blockquote>
斎藤は引き金を引けなかった。彼女には容易に引けたのに。死なねばならない。さもなければ、刑務所か精神病院に囚われていまより惨めな生活を送るはめになる。あれだけ、現世から解放されたくて死ぬ死ぬ言っていたのに死にたくなくなってしまったのだ。
「いや、引いてはいけない」
斎藤の左手は低い声で語りかけてきた。
「死ななくてもいいじゃないか。いまからここにやってくるお巡りに一発食らわしてやろうぜ、相棒。射撃の腕はハウス・オブ・ザ・デッドで鍛えたじゃないか?」
斎藤は返した。
「で、でも彼女を殺しちゃったんだしさ。本末転倒? じゃあないか。ちゃんと彼女に報いるべきだ」
「報いる? 何を言ってるんだ。なら余計に生きなくっちゃあな。お前はこれからスターになるんだぞ。日本の学校で銃乱射事件なんてあと四十年は起こらないだろうし、起きてもその時お前がまた日の目をみる。それに少年犯罪が見直しに争議も起きて、お前は最高裁まで送られることになる。おまえがこの世界に認知されるってことだ。それが望みだろう。みんなの語り草だぜ。法学科の大学ではゼミにとりあげられ、テレビ局は『事件から何年』とかいって特集を組む。終いにゃ、流行俳優がおまえを映画化。お前の墓や家は特定されて聖地になる――花が手向けられるかもしれない。なら生きなくては、あの女は踏み台に過ぎないんだ」
窓ガラスが割れ、煙幕が焚かれる。部屋はすぐに真っ暗になった。機動隊のどたばたとした足音が聞こえてくる。ガスのせいでミスターハンドと話すこともできなくなった。
斎藤のなかでなにかが切れた。どうしよう、どうしよう。瞬間一キロとちょっとの力を込めればすべてが終わる。再び、世界と斎藤は閉ざされる。目立ちすぎた、もう充分だ。おれはもう輝ききった星だ。どうしよう、どうしよう。もうこれ以上考えたくない。
最後の銃声が鳴った。
<blockquote> ヘイ、僕をみて! どんな風に見える? プリンス</blockquote>
中学生発砲立てこもり 連続射殺事件 少年Aの自殺で幕を閉ざすか 浅目新聞
物を運ぶとき、女よりも優先して男が運べと人は言う。それこそ差別じゃないか。そんな死ぬほど重いものというわけどもないし、男のなかにも実際、非力なものもいる。それなのに率先して男に荷物運びを強要するとはなにごとか。男女平等であるとか、そんなことを言いたいのならば自分から荷を運べよ。
神田明神なう。破魔矢買ったゾ~。
本当のガチでマジモンの本物の銃拾っちゃったんだけど 斎藤のSNSより
前にマジで同じクラスだったけど、そんなにおかしい奴じゃなかった。むしろ明るくて、おれとよく遊戯王やってたよ。あいつはエクゾディア使ってたっけ。
数学の三谷は生徒のMとやってた
筒井はやりちんで有名だったけど、下半身不随になっちゃってお気の毒だね。
殺された奴らって間抜けだよな。相手は身長157センチのチビだろ。俺だったら飛びかかって倒した。 ネット掲示板より
真っ暗なところだった。あたりにはなにもない。大溝も青木の死骸も、拳銃も警官も刑務所も。そしてここがどこかも今の斎藤には理解できなかった。いくらなにかを考えようとしてもなにも浮かばなかった。すべてはもう食われて死んで穴のあいたところにあったのだ。
剣持医師は病室から遺族、加害者家族を出した。いまここにいる人間は倉本と剣持医師のふたりだけとなった。
倉本は剣持医師にいった
「これだけ酷いと訴える気もおきないんじゃあないんでしょうか」
「いや、訴えるね。特に筒井のところは」
「マスコミはなんとかこの部屋に入ろうと迫ってきて、止めるのが大変ですよ」
倉本は少年を見た。「なんでこんなことに」
「口径の小さい銃を使って、しかもこめかみにつけて自殺するなんてことはできませんよ。脳が少しえぐられて貫通するだけなんですから。発見が遅れていなけらばあの先生もこうなっていたかもしれませんね。ちゃんとした距離から撃てば脳に弾が残って死ねたかもしれませんがね。特にこの少年は手が震えていたのか、弾丸は斜めに抜けてる。おかげでより回復が困難になりました。いままで私が経験したなかで最悪のケースでしたよ」
倉本は斎藤を見て言った。「私にとっても最悪だ。ちゃんと話しをしたつもりがこんなことになるなんて。彼のせいで自分の息子まで心配になった。悩みとかなんかないかって言ったら、気味悪がられて」
「私にも小さい孫がいます。彼のような少年がこれから先出てくるのでしょうか?」
倉本は言った。「偶然そうなるんですよ。誰もが『誰かが手をさしのべていれば』と言うが、私はそうは思わない。彼があの娘を好きになったのも偶然だし、銃を手に入れたのだって偶然だ。偶然、彼はああなったんだ。だから、偶然またこうなるかもしれない」
「その偶然の重なりを運命なんじゃないですか?」
倉本は不機嫌そうな顔した。
「これ以上そんなこと言ってもしょうがない。ヒトラーは運命に導かれて産まれというんですか?」
斎藤はぼやけた頭でこの大人が自分について話していること認識した。その顔からは知性が消え、ブラックホールのように虚ろな目が開ききり、口と舌は解放されていた。彼の右手はピストルを持った手のまま硬り曲っていて、左手はグーパーを続けている。
そして、ときどきなにかを喋った。大抵の人にはまるで聞き取れないが、倉本には「愛してる」と言っているように聞こえた。けれども、剣持医師には「どうしよう」と言っているようにも思えた。
それからもずっと彼を見舞うものはいなかった。
少年A 死亡 連続射殺事件から2年
加害少年A(当時15歳)が先日病院で亡くなった。死因は舌が気道を塞ぎ、窒息したとのことだ。少年は大溝中学校で出所不明の拳銃で教員一人、生徒四人を死傷(うち一人は下半身まひ)したあと、自殺を図るも失敗し脳に障害を負った。 浅目新聞より 抜粋
新刊 銃は人を殺さず  筒井 明 著 春分社  広告より
なあ、あの連続射殺の斎藤って凄くね。根暗キモオタのくせに何人も殺したんだぜ。
おは斎藤。
あれ? 斎藤くん、知能回復したのよかったね。
くっさ、地獄で供養しろ斎藤 明。 ネット掲示板より


いや違う、俺じゃない。俺は理性を失った事など一度もない。お前の目の前にいるのは世界を売った男 デヴィット・ボウイ