dreamfact0ryのブログ

映画を勉強中。物置として使う。由来はプリンスの没アルバムから。

感想 『流れる』

 黒澤明は少し見たことがあるが、成瀬巳喜男監督の映画は初めて見た。だから、作風を捉えようとなるたけ目を凝らした。
 ただ物語を追っているだけでは当時の評論家のように〈退屈〉と思えてしまうだろう。
 なぜなら、シナリオ自体はケレン身がまったくといっていいほど排除されていて、淡々と場面が進んでいくからだ。
だが、『流れる』には繊細な演技を緻密な構図に納め、どこを切り取っても目が覚めるような場面が連続する。さらに、それに伴ってたくさんの登場人物、物語が同時進行するところがまた奥が深い。連続した絵画をみているような感覚に陥った。
 私はできるだけ全体を把握しようとしたから、いまだに人物の関係を把握しきれていない。その中で少しだけ掴めたものを書く。
 特に、私の眼には<縦の奥行き>が新鮮に写った。表通りの場面もそうだが、会話する登場人物の後ろにある窓からは向かいの住人が見え、全員で会話する場面では手前に一人が座って他の人物が奥へと配置されることによって奥行きをだしている。加えて、バスト・ショットの多さが目立つ。こうした点が絵画的に見える点であろう。
 あとは、機能的人物が多いのが印象的であった。芸者もそうだが、女中や警官、取立人というのは生活を動かすための歯車だ。実際に彼、彼女らは道具のように使われていく。大体が言われるがままに流されてしまうのだが、そうした中で梨花とつた奴は自分を貫き通していく。高度経済成長という背景があってこうした人物描写になっているのだろうか。
 ここまでに精緻な映画を撮る成瀬幹夫に興味は湧いた。けれども、私の感性にはあわなかったというのが正直なところだ。