dreamfact0ryのブログ

映画を勉強中。物置として使う。由来はプリンスの没アルバムから。

考察 『ティム・バートン』

 彼の作風には一貫したテーマがある。私はこれが『ビートルジュース』に出てくる台詞に集約されているのではないかと考えている。
ビートルジュース』にはウィノナ・ライダー演じるゴス娘リディアが出てくる。彼女は劇中唯一幽霊が見える。その理由は劇中の重要アイテムたる幽霊専用のアンチョコ『新人死者ハンドブック』に書かれていて、リディアはこう言う。
「霊は異質でひときわ異常な存在にだけ見えるって書いてある。わたしは…ひときわ異質で異常だから」

『ビートル・ジュース』の夫婦とリディア、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のサリー、『シザーハンズ』のエドワード。彼らはみな秩序だった世界の中では異質で、孤独だ。その上、自分のイレギュラーな存在に疑問を持っていて、誰かに認められようと努力する。あの 『バットマン』ことブルース・ウェインも例外ではない。

 そしてみな最後には周囲から認められる。
 悪党のほうはどうか? ジョーカーやビートルジュースは欲望のまま動いている。それは社会復帰を目指そうとするために努力する主人公たちとは真逆だ。

 バートン作品における敵もまたいつも同じだ。主人公と同じ異質で異常な存在ながらも、絶対に社会へと溶け込もうとしないのである。バートンは孤独が憎いのだ。
 バートンがどうしてここまでこのテーマに入れ込むのかについては、彼の人生体験にあるのではないか。カラフルなカリフォルニアの住宅地に野球コーチの父親といった環境では、彼はまさに『ひときわ異質で異常』な存在で孤独感に悩まされていた。そこで、彼が目指したのは一般人に溶け込むことであったのだろう。

 現在ではバートンは世界から認められてメジャー大作を造るほどの映像作家として仕事をしている。けれども、昔の作品に比べて強迫観念的な精神が薄れてしまったように思える。

 彼が家庭を持ったからか、それとも加齢で精神が鈍ったか、マニア的嗜好が消えたのか。どれともわからないが、私はかつてのような映画を撮って欲しいと願っている。