dreamfact0ryのブログ

映画を勉強中。物置として使う。由来はプリンスの没アルバムから。

考察 『ラ・ラ・ランド』

私的映画考察 『ラ・ラ・ランド

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「1つをとらなきゃ」

                                   ーーセバスチャン「お前は偏屈な厄介者だ」
                                             ーーキース

「冗談ではありませんーー作品賞は『ムーンライト』です」                                                  

                         ーーアカデミー授賞式

「でもその映画は呆れるくらい退屈だった」
                        ーーデヴィッド・ボウイ


ラ・ラ・ランド』を見た。
監督デイミアン・チャゼルは「僕が今回やりたかったのは、クラシック映画のプリズムを通して、現代のLAを描くことだったんだ」と語っている。
 チャゼルが描きたかったLAとはなにか。渋滞の街というのはさておき、主人公2人を通じて<映画と音楽>、〈夢と現実〉の対比を描きたいのであろう。
劇中、ミアは色彩豊かで贅沢な生活から運勢で、セバスチャンはシックな色合いの質素な生活から実力と地道な努力によって成功を収めている。
また、両者は死にゆく存在だ。映画館は潰れ、ジャズはポップに支配される。ミアに子供がいることから映画のほうが寿命が長いと監督は解釈していることがうかがえる。
 なぜ、チャゼルがこのように考えているのか。彼は音楽家を志望していたが才 能がないと信じ、もうひとつの趣味だった映画を選び監督になった。音楽という現実ではなく、夢を選んで折り合いをつけた自伝的な内容が『ラ・ラ・ランド』なのだ。
 つまり、一般的に「夢を追う人に対して後押ししてくれている」と言われる『ラ・ラ・ランド』だが、そんなものはまるでない。ただ現実に折り合いをつけた監督の投影があるだけだ。
 特に幕切れ間近の展開には“夢の肯定”などない。我々は覚めてしまう瞬間が来ることを知りながら、夢の世界をみせつけられるのだ。